読書メモ:AI vs 教科書の読めない子どもたち

 

■まとめ
著者が筆頭になって行った、東京大学合格を目標にしたAI(人工知能)「東ロボくん」開発プロジェクトは、東大合格はできなかったが、MARCHの合格レベルには達した。
東ロボくん開発における試行錯誤、人工知能をめぐる従来の議論や最先端のAI研究事例を整理しつつ、AIができること、できないことを明らかにするのが前半部分のこの本の趣旨である

●東ロボくんプロジェクトについて

・東ロボくんのプロジェクトの目的は、AI技術をつかって東大の入ることではない。
本当の目的は、AIにはどこまでのことができるようになって、どうしてもできないことは何かを解明すること。

・AI技術で、できる到達は読解力のようなものを含まずにとける
それは統計学的なアプローチで通じる判別、判定問題はこれからますます進化する。
(ただし、東大問題の英語や国語に含まれる読解力が前提で必要な問いは苦手)

英会話完成のたかだか四択問題の正答率すら画期的に向上させることはできませんでした。しかし、英会話完成のみならず、論旨要約など試したすべての問題において、ディープラーニングは既存の手法よりも出来が悪かったのです。

全力を尽くした英語チームがディープラーニングの限界を目撃した瞬間でした。東ロボの価値はまさにここにあるのです。p104/288 位置No1360/3557

→ディープランニングや強化学習がもてはやされているが、あくまで線形的な問題には強いのだけど、ちょっとでも論理が飛躍する問題になると、トタンに手詰まりを起こしてしまう事例。
世の中には、こういうことがあまりしれわたっていない?ということを著者は憂いている。

” AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数学で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはない。“

人間自体の脳モデル化というか、思考パターンなど脳の動きそのものが今の数学というか数式で置き換えられない以上は人間を超える判断はできない。だから(←このだからを曖昧だが)、自身よりも能力が高くなると言われる特異点シンギュラリティーは起きないと言い切っているところは歯切れがよい。
(理由として、AIは数学で記述されており、数学には、論理、確率、統計しか記述できず、意味を記述することができないため、人間の認識を全て記述することができないから。)

●これからの教育として、どんなことが必要か、どんなところに注力していけばよいのか?

暗記や計算をしていくことより、社会の課題を、、その意味を、、理解した上で
自分のやりたいことや、明確に言えること、定義づけられること(読解力、人間の説明力を駆使して)

本書の例から簡単化して言えば、食べたいお店を探すときにSiriに「イタリア料理以外」ということを聞くのではなく、それまでの文脈を意識したり、AIにわかりやすく歌えるのはどうしたらかよいかを先に構想した上で、「和食」「洋食」と話かけるようにすること
なにがやりたいか、どうしたいのかという欲求・要望はシンギュラリティーが起きない限り、人間のみが生み出せること。

Amazonのレコメンドエンジンは、過去の自分のニーズに対応するが、セレンディピティ的な(偶然的な)未知の要望には対応しないと思った。

●人間が今後、AIと協調していく上で必要こととはなんだろう

では、人間が今後AI技術と伴走してやるべきことは、社会あるいは人間同士の課題について
読解力を駆使して把握し、問題自体を設定するという行為が重要な行為だと思われるが・・・。

そもそも、現実的にもどると、大学生を含めて学生の読解力低下の問題が著しい。
AIに代替えできない仕事をし得る人材に、これから到達できない学生が溢れて
しまうのでは?警鐘を鳴らしている。

とはいえ、読解力のつけかたは不明
基礎読解力と生活、読書、学習習慣の因果関係を探ってみたが、これをやれば読解力が伸びる!、という明確な
関連性を見つけることはまだできていないそう。

ただ、読解力のマイナスになるのは貧困、ということは言えるという。
アメリカの研究でも、貧困層の子供は語彙力が少なく、そのことが後々の学業に支障をきたすという報告はある。

■その他

でも、光明が見えてきた気がします。

科学的なデータに基づいて、先生たちが

「きちんと教科書が読めるためにはどうしたらよいか」を研究し、実践する、

そういう地味でベーシックなことが、いかに重要かということを示唆する結果ではないでしょうか。 

かつて、数学者の藤原正彦さんは、学校教育に何が必要か、と尋ねられて

「一に国語、二に国語、三、四がなくて、五に算数」とおっしゃいました。

私は今現在の「国語」でよいかには疑問があるので、

「一に読解、二に読解、三、四は遊びで、五に算数」でしょうか。

「遊び」といっても、手先や身体を動かす、モノに頼らない遊びです。

基本として、「識字」と「読解力」は違います。字そのものを読む力でなく、

「文章の意味を理解する力」が読解力ということになる。

読解力がなくてもなんとなく読めている感じの人は

「キーワードだけで文章の意味を理解している」のだそう。

これを新井先生はAI読みと呼んでいます。

このAI読みで文章を読んでいる気になっているのがヤバイ。

「AI読みをしている人は、絶対にAI人材になれない」と新井先生も言っていますが、

AIに負けないためにはこのAI読みから脱却する必要がありそう。

AI時代の先行きに不安を感じ、起業に関心のある方は、

是非、世の中の「困ったこと」を見つけてください。

そして、できない理由を探す前に、どうやったらその「困ったこと」を解決できるかを考えてください。

デジタルとAIが味方にいます。

小さくても、需要が供給を上回るビジネスを見つけることができたら、AI時代を生き残ることができ

 

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